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『「村山・河野談話」見直しの錯誤』輪読会報告および『物語 朝鮮王朝の滅亡』輪読会案内 半沢英一

『「村山・河野談話」見直しの錯誤』輪読会報告
および『物語 朝鮮王朝の滅亡』輪読会案内        半沢英一


 くるま座隔週金曜夜輪読会は、第18番目のテキストである林博文・俵義文・渡辺美奈『「村山・河野談話」見直しの錯誤』かもがわ出版を、第3回目の11月1日で読み切りました。
参加者はのべ24名、平均8名でした。お忙しい中ご参加いただいた方たちに、テューターとして厚く御礼もうしあげます。



 上掲書で簡潔に論じられていることですが、日本軍従軍慰安婦(正確には日本軍性奴隷)問題に関して確認されるべきことは次の四点だと思われます。

 第一に、安倍晋三氏や多くの日本国民が思考停止のいいわけにしている「軍が直接関与した強制連行の例はない」ということは、恥ずかしい問題のすり替えでしかないということです。先にこの輪読会の案内でも述べたことですが、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に拉致された人々の多くは騙されて拉致されました。問題の本質は拉致の手段ではなく、拉致以後の奴隷的拘束にあったはずです。従軍慰安婦問題も最初の連行手段が問題の本質ではなく、その後の奴隷的拘束が問題の本質です。(狭義の)強制連行があったか否かで思考停止ができる人たちは、自分の知性の水準を深く恥じるべきなのです。

 第二に、(狭義の)強制連行は、インドネシアのスマランで抑留されたオランダ人家族から、若い女性を日本軍将校らが選び、母親たちの抗議と本人たちの拒否・悲鳴を無視して無理やり慰安婦(性奴隷)にした有名な「スマラン事件」など、日本軍占領地で行われたことが、公文書(オランダ政府報告書、アメリカ海軍裁判記録等)に記録されています。朝鮮半島や台湾などの旧日本植民地では過酷な植民地支配があり、(狭義の)強制連行など不必要だったことにも思いを致さねばなりません。

 第三に、慰安所に収容された女性たちが奴隷的拘束下におかれていたことには、膨大な証言があります。それは拉致された本人たちのものだけでなく、いやがる女性の手足をベッドにしばりつけて犯したといった日本軍兵士の証言さえあります(総山孝雄『南海のあけぼの』)。アメリカには多くの進化論否定者がおり、博物館に山とある化石という進化の証拠を見ようとせず「証拠を見せろ」という決まり文句(自分が考えたわけではない九官鳥的口真似)を繰り返しています(リチャード・ドーキンス『進化の存在証明』)。南京大虐殺や日本軍性奴隷についても、同じような状況が見られることに人類のある種の性向を学ばなければなりません。

 第四に、従軍慰安婦(日本軍性奴隷)を問題にしているのは韓国と中国だけではありません。従軍慰安婦を性奴隷制度とする規定は、国連人権委員会クマラスワミ報告(1996)など国連を中核として行われたものです。それで慰安婦問題が国連の少数の知識人によって起されただけと短絡してはなりません。先に述べたようにインドネシアとオランダ、そしてフィリッピンなどにも被害者はいますし、「親日」の台湾国会も自国の従軍慰安婦に対し、日本の謝罪と補償を全会一致で求めています(2008)。日本の従軍慰安婦問題は、女性の人権確立にかかわる世界共通の問題ということが(日本以外の)世界の常識になっているのです。

 さてドイツの戦後責任のとりかたは、世界から一定の敬意をはらわれています。一方、日本は今、世界からどのような目でみられているか、短絡的自己正当化ではなく、つらい現実を見つめる必要があります。オバマ政権は、「河野談話」を見直すことになれば、アメリカ政府としても何らかの具体的対応をとることを表明しました(2013.1.6)。それ以後、阿倍政権はこの問題について表立った動きをしていません。しかし政権の頭の中身がそのままだということを残念ながら疑うことはできません。引き続き日本の歴史認識問題について、市民の学習・啓発が必要だと思われる所以です。
     


 さてくるま座輪読会は第19番目のテキストとして金重明(キムチュンミョン)『物語 朝鮮王朝の滅亡』岩波新書2013を選び、11月15日(金)19時(開場18時30分)から輪読を開始します。



 金重明さんは歴史小説家、済州島でモンゴルに抵抗した高麗軍・三別抄を描いた『抗蒙の丘』、秀吉の朝鮮侵略を描いた『叛と義と』などの歴史小説の他、『13歳の娘に語るガロア理論』など数学の本も出しておられます。ブログで拙著『雲の先の修羅』(今回の『物語 朝鮮王朝の滅亡』でも主要参考文献に挙げられています)を取り上げていただいた際、歴史小説家が数学書を出すのだから、数学者が歴史小説批判を書いてもおかしくないと書かれていました(笑)。

 金さんは『物語 朝鮮王朝の滅亡』の序文において、自分は在日二世だが「愛国心」なるものはかけらもない、愛国心なるものは近代に生まれた迷妄であることを確信しているからだとラディカルな立場を明らかにされています。上述のブログにおいて私が『坂の上の雲』は「アイデンティティの牢獄」だとしたことを受け、韓国人にも「アイデンティティの牢獄」にある人がいるとされていたことを思い出しました。

 『物語 朝鮮王朝の滅亡』はもちろん韓国併合で終わるのですが、第二十一代・英祖から物語を説き始めています。英祖の孫が名君として名高い正祖(イ・ソジン主演で人気を博した韓ドラ「イ・サン」のモデル)で、『物語 朝鮮王朝の滅亡』前半は正祖のもとでの近代化とその挫折を、韓国が植民地化された遠因として鮮やかに描いています。

 くるま座輪読会はかつて海野福寿さんの『韓国併合』を第5回テキストとして輪読したことがあるのですが、同書は「韓国併合は当時の国際法では合法」という本文の記述と整合するとは思えない唐突な主張を行ったり、韓国併合に反対し大逆事件で殺された孝徳秋水を無視したり、かなり問題のある歴史書でした。

『物語 朝鮮王朝の滅亡』の後半では海野『韓国併合』とはまた別の歴史が読めると思います。


多くの方の輪読会へのご参加を期待してやみません。

くるま座 : 07:14 : comments (0) : trackback (x)
『「村山・河野談話」見直しの錯誤』新輪読会案内  

『いま、「憲法改正」をどう考えるか』輪読会報告
 および『「村山・河野談話」見直しの錯誤』新輪読会案内       半沢英一


 くるま座隔週金曜夜輪読会は、第17番目のテキストである樋口陽一『いま、「憲法改正」をどう考えるか』を、9月6日、第5回目の会で読み切りました。
参加者はのべ39名、平均8名弱でした。お忙しい中ご参加いただいた皆様に、厚く御礼もうしあげます。

 さてこの間さまざまな処で論じられてきたことですが、自民党「憲法改正」草案の問題点は、おおよそ四点に分けられると思います。

 第1点は、その人類全体の動きに背を向け、ひたすら矮小な「日本」(「日本」のとらえ方自体に問題がありますが)アイデンティティに引きこもろうとする病的な退嬰性です.

 端的にそのことは、「人類普遍の原理」に依拠した現憲法前文が「日本国」の「長い歴史と固有の文化」(改正草案を書いた人たちにそれが分かるほどの教養があるとは思えませんが)のみに依拠するものに書き換えられこと、現憲法における基本的人権が「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であることを宣言した第97条が完全に削除されたことに現れています。 

 さらにそのことは、現憲法第13条の「人間は個人として尊重される」の「個人」が「人」に変更されている点に現れています。本年6月7日の金沢大学講演で樋口先生は「日本国憲法でもっとも重要な条項は第13条だ」と言われたように、「個人の尊重」は近代憲法の魂であり、共同体からの独立を意味する「個人」と一般的な「人」はまったく異質の概念であり、これは些細な変更ではありません。

 第2点は、憲法の最高法規性を解体し、時の権力が恣意的な政策をとれることを可能にする規制緩和性です。そのことは現憲法第96条における、衆参両院での三分の二の賛成、その後の国民投票における過半数の賛成という改正要件の前者を、衆参両院での二分の一の賛成に変えることに現れています。

 憲法は第一に権力を縛るものですが、人民もまた大きく間違う(例えばナチの政権奪取)のは歴史の教訓です。そのために憲法改正要件が厳しくあるのは当然のことなのに、改正草案の作成者はそんなことを気にしていません。また現憲法96条の改正要件は厳しすぎ、国民の権利を奪うものだといった宣伝がだいぶなされましたが、世界の憲法事情を鑑みればそれはまったくの虚偽です(拙稿「96条覚え書き」参照)。この規制緩和性は、「日本を世界でもっとも企業が活動しやすい国にする」露骨にいえば「日本を世界でもっとも労働者を奴隷扱いにできる国にする」安倍政権の性格の反映とも云えるでしょう。
 樋口先生は先述した金沢大学講演冒頭で「自民党改正草案は、明治憲法への復帰などというしろものではないという、恐るべき現実にわれわれは直面している」といわれましたが、以上2点を見れば非常に納得できるご指摘だと思います。
 
第3点は、第21条(表現の自由)、第26条(教育権)、第28条(労働権)、第29条(財産権)などに規定された基本的人権に、さまざまな条件が課せられ、事実上基本的人権が否定されていることです。
 そもそも基本的人権は、無条件に、あるいは他の基本的人権に抵触する場合に限り制限されてこその基本的人権なのであり、「交益および公の秩序に反しない限り」といった曖昧な制限が課されればそれはすでに基本的人権ではありません。樋口先生はこのことを「例外の原則化」と適切に標語化されています。
 
 第4点は、第1条で「日本国の象徴」であった天皇が「元首」となり、第9条の戦力不保持と交戦権否認の文言が削除され「国防軍」が置かれることです。
  
 この第4点は、前の3点と違って近代憲法の原則に抵触するものではありません。しかし日本はアジア太平洋戦争で敗れポツダム宣言を受諾した国です。また現在の国際秩序である国連の体制もドイツと日本のファシズムを打倒し、ドイツと日本が否定しようとしたヒューマニズムと民主主義を原則として形成されました。さらに本来なら戦犯として裁かれるべきであった昭和天皇を、東京裁判への訴追から逃れさせる代償として第1条と第9条がセットで憲法に組み込まれたことは歴史の常識です。第1条と第9条の改変を行えば日本が国際的孤立に陥ることが、改正案を案出した人々には分かっていないようです。
 
 また第9条は、有名無実化していると罵詈されているのにほど遠く、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に日本が全面的にまきこまれることを防ぐ、巨大な役割をはたしてきました。これが自民党改正草案のごとく改変されたとき、どのようなことが起こるのか日本人一人一人が深く考えるべきでしょう。

 『いま、「憲法改正」を考える』では以上のような問題点が具体的な歴史にもとづいて論じられ、興味深い輪読ができたように思われます。


 引き続いて、くるま座隔週金曜夜輪読会は、林博史・俵義文・渡辺美奈『「村山・河野談話」見直しの錯誤』かもがわ出版2013を第18番目のテキストとして選び、9月20日(金)19時(開場18時30分)から輪読を開始します。

 

 日本軍「従軍慰安婦」(正確には日本軍性奴隷)問題に対し安倍首相は「官憲が家に押し入って人さらいのごとく連れて行くというそういう強制性はなかった」(2007参院予算委員会)などという、同じ日本人であることが恥ずかしくなるような思考停止の言い訳を続けています。そもそも北朝鮮に拉致された人々は「家に押し入って人さらいのごとく連れて行かれた」わけではありません。手段はともあれ結果として奴隷的状態におかれたことが問題なのであって「狭義の強制」があったかどうかは問題の本質ではありません。またそういう「狭義の強制」を行う必要がなかった旧植民地以外の占領地、例えばインドネシアなどでは「狭義の強制」が行われたことが分かっています(有名なスマラン事件)。
 
 村山・河野談話の見直しには、「憲法改正」と同じくこれからの人類社会で生きていくことへの見通しのなさ、それから生じる怖れからくる、退嬰的なアイデンティティへの引きこもり衝動がうかがわれます。

 『「村山・河野談話」見直しの錯誤』は、「従軍慰安婦」問題の史実確認の他、日本の歴史認識の歴史的経過、日本を見つめる世界のまなざしなどが紹介され、まさに今日本人に読まれるべき本だと思われます。多くの人の輪読会へのご参加を期待してやみません。



「村山・河野談話」見直しの錯誤」 かもがわ出版 著者  林 博史・俵 義文・渡辺 美奈   定価(本体価格900円+税)



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くるま座 : 03:09 : comments (0) : trackback (x)
 『日本の国境問題』輪読会報告および『低線量汚染地域からの報告』輪読会案内

日本の国境問題』輪読会報告および『低線量汚染地域からの報告』輪読会案内 半沢英一
                                  


 くるま座隔週金曜夜輪読会は、第15番目のテキストである孫崎亨『日本の国境問題』を第6回で読み切りました。のべ56名、一回平均ちょうど9名のご参加をいただきました。寒くてご多忙の中おいでいただいた皆様に、テューターとして厚く御礼申し上げます。

 孫崎さんは中ソ国境紛争、イラン・イラク戦争、独仏領土問題、フォークランド紛争など世界の多くの領土紛争を取り上げ、さらに日本の領土問題におけるポツダム宣言受諾の意味、日米安保条約の限界、1956年に北方領土問題が歯舞・色丹返還でまとまろうとしたとき米国が脅迫的介入でそれをご破算にした事実、尖閣列島が周恩来・田中、鄧小平・園田間で事実上棚上げ合意がなされてきた事実など、日本の大衆や愚かな政治家・知識人が意識していない事項を指摘しています。その上でナショナリズムによる短絡に警告を発し、棚上げが人類の英知であり、紛争は国連や国際法のもとにおき、紛争地域の共同開発などの経済開発によって克服されるべきだとされています。その主張は輪読会の中で大いに共感を呼んだと思われます。



 一方、日本の歴史認識問題に対する孫崎さんの視点の欠如も輪読会では議論されました。明治維新以後の日本帝国主義が、周辺諸国に与えた甚大な損害を被害者の周辺諸国は当然ながら克明に記憶しているのに、日本の側は体系的な総括はおろか、否定できるはずもない事実を忘れようとする強い潮流があるのに、その問題を抜きにして東アジア共同体もないだろうという批判も強くなされました。

ただし、そういう問題点もあるが、カルト的に混乱している日本において、孫崎さんが肯定的な役割を果たしていることは評価されたと思います。


 さてくるま座輪読会は第16番目のテキストとして馬場朝子・山内太郎『低線量汚染地域からの報告 チェルノブイリ26年後の健康被害』NHK出版を選び、4月19日(金)19時から輪読を開始します。




同書は気鋭のNHK記者による、チェルノブイリ事故現場のIAEA、UNSCEAR、WHOなど「国際的権威」によって隠された凄惨な健康被害のルポルタージュです。

 先に「くるま座通信」の福島交流会報告拙稿「フクシマで考えた低線量内部被曝問題」でも述べたことですが、上記の「国際的権威」やそれに連動した国際放射線「医学」の欺瞞性は、低線量内部被曝による非腫瘍性疾患の可能性を本気で検証しようと思えば当然なされていなければならない動物実験が、国際放射線「医学」でなされている様子がないことから明らかなように私には思われます。
 
原発事故による最大の被害は、国際放射線「医学」によって隠蔽され続けている「低線量内部被曝による非腫瘍的疾患」にあることを『低線量汚染地域からの報告』は私たちに教えてくれると思います。多くの方々の輪読会への参加を希望してやみません。


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くるま座 : 10:23 : comments (0) : trackback (x)
『ネットと愛国』輪読会報告および『日本の国境問題』輪読会案内 半沢英一

『ネットと愛国』輪読会報告および『日本の国境問題』輪読会案内
                                 半沢英一

 くるま座隔週金曜夜輪読会は第14番目のテキスト安田浩一『ネットと愛国』を、昨年12月21日の第11回目で読み切りました。参加人数はのべ89人、一回平均8人強でした。お忙しい中ご参加いただいた皆様に、テューターとして厚く御礼申し上げます。

 本書は「在日特権を許さない会」略称「在特会」をテーマにしています。「在特会」とは、「在日特権」という(少しでも在日の人たちを知っていれば馬鹿馬鹿しくてとても口に出せない)空想に基づき、「ゴキブリ朝鮮人を日本から叩き出せ」といった(自分を興奮した動物レベルまで貶める)罵倒を集団で繰り返している人たちです。当然ながら著者の安田さんもその人たちの短絡・荒廃を嫌悪するのですが、それだけでなくその人たちをそういった動物レベルの行動に駆り立てる背景や動機を、同じように悩み多き人間として探ろうとしたルポルタージュです。

 輪読会では、この人たちの行為は非難されるべきではあるが、この人たち自身、社会に居場所がなく社会的承認に飢えている社会的弱者であり、加害者であると同時に被害者でもあるという複雑な状況を見なければならないといったことが話し合われました。

 またこういった行動が、建造物侵入や威力業務妨害といった一般刑法でのみさばかれ、ヨーロッパなどのようにヘイトクライムで現行犯逮捕されない日本の状況についても議論が交わされました。

 テューターとしては全巻読破の予定ではなかったのですが、議論が活発になされたのでついつい最後までいってしまった次第です。簡単に結論が出るテーマでもないので、問題意識は継続して行きたいとも思っています。


 さて輪読会の次のテキストは孫崎亨(まごさきうける)さんの『日本の国境問題』ちくま新書です。




 孫崎さんはベストセラーになった『戦後史の正体』の著者で、ご存じの方も多いと思います。元外務官僚で、その歴史観には市民として従い難いものもあるのですが、著述は冷静な実証的姿勢で書かれていると思います。北方領土問題が1956年に択捉・国後ソ連領、歯舞・色丹日本領でまとまろうとしていたとき、アメリカの介入でご破算になったという史実などは、日本人すべてが知っておかなければならないように思います。そういった事実がいろいろ学べる本です。

 1月11日に第1回、25日に第2回の輪読会を(午後7時から9時まで、午後6時半開場)行うので、初めての方も気楽に、常連の方はふるってご参加ください。


くるま座 : 15:31 : comments (0) : trackback (x)
『ハシズムは沈むか』輪読会報告および『ネットと愛国』輪読会案内  半沢英一

『ハシズムは沈むか』輪読会報告および『ネットと愛国』輪読会案内   半沢英一

 くるま座隔週金曜夜輪読会は、第13番目のテキスト第三書館編集部編『ハシズムは沈むか』の輪読を、6月22日夜の四回目で終了しました。参加者はのべ35名、平均9名弱でした。お忙しい中、輪読会にご参加いただいた皆様にテューターとして厚く御礼申し上げます。



 橋下さんは、この本を読み始めたときは「脱原発の旗手」だったのですが、5月31日には早々に再稼働を認め、私を含めどうせそのうち脱・脱原発になるだろうと思っていた人たちにはあまりの根性の無さが失笑を誘い、期待したうぶな人たち(橋下さんに対する人間観察が足りなさすぎるように思われるのですが)には失望・激怒をもたらしました。83%という驚異的な支持率(日本が深い病の中にあることを示すと思われます)も、54%に急落したそうです。





 橋下さんに対する幻想から日本人が覚醒するのは早ければ早いほど良いと私には思われるので、橋下さんの勢いにかげりが見えたことは喜ばしいことです。しかし日本の問題は橋下さんだけにあるわけではないので、これからも私たちは長い百鬼夜行の時代を生きていかねばならないことを覚悟すべきだと思います。

 さて『ハシズムは沈むか』では、日の丸・君が代強制問題、WTCビル問題(私は橋下さんが大阪府知事から大阪市長に鞍替えした最大の理由はWTCビルの失敗からの逃走にあるのではないかと思っています)、大阪都構想問題などなどが論じられています。輪読会では橋下さんという人間の本質が議論され、人民が協力しあうことに対する激しい憎悪のみが橋下さんの本質であって、(脱原発だけでなく)ネオリベラリズムも天皇制も橋下さんにとってほんとうはどうでもいいことではないかとか、経団連とか、石原都知事とか、小沢一郎氏とか、池田大作氏とか、彼に強く見える人間には実は非常に弱い人間ではないのかといった議論がなされました。『ハシズムは沈むか』の切込みが必ずしも鋭くないといった批判も出されました。



 輪読会で出た議論をすべて紹介することはできないのですが、今年の1月の「次期日本のリーダーにふさわしい人はだれか」という産経新聞・FNN合同世論調査で橋下さんが21・4%でダントツだった結果に、橋下さんが「自分をハシズムといって批判している人に、今回の結果をどう思っているか聞いてくださいよ」といったらしいので、輪読会で出された一つの答えだけは書いておきたいと思います。

 アントニオ・グラムシいわく、古いシステムが機能しなくなり、新しいシステムがまだ形をなさないとき、ありとあらゆる病理的現象が起こってくる。橋下さんが日本のリーダーとしてふさわしいと、かなりの数の人が思っていることも、実はそういった病理的現象にすぎないという答えです。

 さて先にも述べたように日本の病理は橋下さんだけに現れているわけではありません。多くの国ではヘイト・クライムとして逮捕されるような動物的な罵声を弱者にあびせることでしか自分を確認できない人たちが(この人たちも弱者なのですが)日本にあふれています。そういった現象の社会的な意味を考えるため、くるま座輪読会は第14番目のテキストとして安田浩一さんの『ネットと愛国 在特会の「闇」を追いかけて』講談社を取り上げることにしました。そして7月6日(金)19時(開場18時半)から輪読を開始します。常連の方はもとより初めての方もお気軽に参加していただければ幸いです。




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